アクセサリーデザイナーとして活躍されているかたに、独立までの道のりやバイト経験から得たことなどをインタビューしました!

人脈や視野を広げるため始めたバイト

2004年にアクセサリーブランド『RUKA』としての活動を始めました。たとえば古いボタンや腕時計の文字盤などのアンティークパーツを樹脂で包み込んだ指輪やネックレスなど、オリジナルアクセサリーの制作・販売を行っています。

大学生のときは起業をするなんて考えたことはありませんでした服飾系の大学に通っていたので「ファッション業界に就職したい」とぼんやりと考えていたくらい。将来のビジョンが見えていない状態だったため、視野を広げたり人脈をつくったりしたいという思いでバイトをしていました。

経験したバイトは、ホテルで開かれるパーティや結婚披露宴の配膳スタッフや、結婚式場の下見に来たお客さまに披露する「模擬結婚式」の新婦役(モデル)、「東京コレクション」や「パリコレクション」を手掛けるイベントプロデューサーアシスタントなどさまざま。

今考えてみると、全部キラキラした華やかな世界のシゴトですね。バイトを通して「お客さまの笑顔をダイレクトに感じることのできるシゴトがしたい」という気持ちが膨らんでいきました。

ホテルのレストランスタッフで身につけた一流マナー

ホテルレストランの配膳スタッフは、大学が受かったと同時にスタートして卒業までの4年間続けました。最初は右も左もわからずとても苦労しました。18歳当時、接客マナーどころか敬語での会話さえもおぼつかない状態でした。言葉はしどろもどろで、フォークとスプーンを持ちながら、どこに置いていいのかわからなくなってウロウロ。合図とともに一斉にシャンパンの栓を開けるときにも私だけ開かず……。失敗するたびに先輩スタッフに注意されていました。

辞めずに続けられた理由は、学生生活だけだったら身につけられない知識をたくさん得ることができると感じていたから。テーブルマナーから、上品な仕草、料理や飲み物の知識など、若いときにお金を稼ぎながら一流のマナーを吸収できたことは、大きな財産です。

配膳スタッフをしていたとき、ホテルの社員のかたから声をかけられて始めたのが「新婦モデル」です。給料の高さに釣られて「やります!」と即答しましたが、これが実はなかなかハード。朝から夜まできついコルセットを着用したまま3~4着のドレスに着替えます。式場を探しているカップルが見学に来ているので緊張感もたっぷり。終わったときにはいつもクタクタになっていました。

しかし、ドレスやアクセサリーの価格相場を知ることができましたし、お客さまを見て、その服装やヘアメイクからお好みのドレスやアクセサリーがすぐにわかるようになりました。アクセサリーのデザインをしたり販売をするときは、使っていただくかたや販売する場所の特徴を把握することが大切ですので、とても役立っています。

失業中に声をかけられたイベントでのアクセサリー販売

大学卒業後はアパレル会社に就職し、アクセサリー部門のバイヤーアシスタントとしてはたらきましたが1年で退職。きっかけは大学時代にアシスタントのバイトをしていたイベントプロデューサーの引退です。40年もファッション業界の第一線で活躍してきたかたが辞めるという話を聞いて、最後の1年間をどうしても一緒にはたらきたいと、その思いだけでシゴトを辞めました。

1年後、イベントプロデューサーの引退と同時に私もアシスタントの職を卒業しました。「これからどうしようか」というときに、知人に声をかけられたのがイベントでのアクセサリーの販売です。

当時、趣味のレベルで洋服やアクセサリーをつくって友だちにプレゼントしていたのが、口コミで周囲にも知れ渡っていました。クリスマスのイベントでお店の一角にスペースが空いているから、つくってくれないか?と依頼されたんです。たくさん反響があったのと、みんなが喜んで購入してくれたことがとてもうれしくて、こういうシゴトもあるんだなと思ったのが、『RUKA』を始めたきっかけです。それからは、知り合いからオファーをされたイベントで販売するなどをして、少しずつ出店回数を増やしていきました。

ブランドを続けるために「唯一無二」の方法を模索

現在は、海外で仕入れたアンティークパーツを樹脂で包み込んだ指輪やネックレスなどの制作・販売をしています。最初のスタッフは自分だけ。材料の買いつけに足を運び、アクセサリーをつくり、イベントに出店するときは友人に手伝ってもらう、この繰り返しでした。

樹脂を使ったアクセサリーに行きついたのは、独立してから3年ほど経ったころ。『RUKA』ブランドを続けていくにはどうしたらいいのか、数多くあるアクセサリーとの差別化を図るための方法はなんだろうと自問自答していたときに、退職してまではたらきたかったイベントプロデューサーアシスタント時代に訪れていたフランスで購入したアンティークパーツをたくさん持っていることを思い出したんです。

何か加工をすれば新しく生まれ変わるんじゃないかと考え、試しに透明の樹脂に閉じ込めたバングル販売しました。すると、予想以上にお客さまが喜んでくれたんです。

それからはシゴトも軌道に乗り始め、2年後にはスタッフを増やせるようになり、今では18名の仲間と一緒にはたらいています。正直、樹脂を使用すると制作時間がかかりますし、制作業者もなかなか引き受けてくれないという現状です。でも、試行錯誤しながらつくったアクセサリーをお客さまが手に取ったときのうれしそうな反応や笑顔を見ると、やりがいを感じます。これからも私たちにしかできない一点モノのアクセサリーをつくり、お客さまに喜んでいただけるよう、日々、奮闘していきます。