東京野菜の流通企業『株式会社エマリコくにたち』を設立したかたに、起業までの道のりやバイト経験から得たことなどをインタビューしました!

怒ってくれた店長がいたから今がある

大学時代は、イタリアンレストランでホールスタッフのバイトをしていました。あるとき、不注意でトレーを滑らせて、お客さまの洋服に飲み物をかけてしまったんです。あってはならないことなのに、当時は「やっちゃったな」くらいの軽い感覚でした。先輩スタッフから咎められることもなく、むしろ「落ち込んでいるだろうから今日はもう帰っていいよ」と優しく気づかってくれました。

ところがその翌日、出勤するなり店長に呼ばれ「何かひとことあるんじゃないか」と一喝。店長は私の知らないところでお客さまに謝罪し、クリーニング代をフォローしてくれていたのです。「フォローするのは、店長の役目だからそれはいい。でも、ちゃんとケジメをつけろ」と、意識の低さを指摘してくれたんですよね。すぐさま「申し訳ございませんでした」と謝罪し、まるで鼻をへし折られたような気分になりました。

恥ずかしながら、店長に喝を入れられるまで、シゴトの意識は高いとの自負があったのです。特にリーダーシップを取ったり組織をまとめたりすることに関してはかなり自信がありました。昔からチーム戦略を練るのが大好きで、高校時代は中学生野球部の監督を務めていたし、大学時代は、講義の一環である商店街の空き店舗を使って地域活性化を目指すプロジェクトのリーダーを任され『Cafe ここたの』と名づけたコミュニティカフェの立ち上げから運営までを担い成果を上げていたからです。しかし全然甘かった。井の中の蛙であることに気づかせてくれた店長には頭が上がりません。

経営者となった今、大勢の経営者にお会いする機会があります。優秀な人に共通するのは、「謙虚と自信のバランス」が絶妙だということ。私の場合、バイトをきっかけに意識改革ができたんですよね。社会経験がゼロに等しかったあのころに「自分の未熟さに気づけて良かった」ということです。

少しの工夫がスタッフの意識を変え大きな成長に繋がる

バイトで学んだことがもうひとつあります。それは、はたらく人の意識が変われば確実に売上が伸びるということ。それも、飛躍的にです。それを経験できたのは、ホテルのフロントバイトでした。スタッフは契約社員のかたがメインでみんなプロ意識が高く、シゴトをきっちりこなしていました。一方で、売上に対する意識は高いとはいえませんでした。

あるとき、宿泊部門のマネジャーが変わり、新しい人が現場に立つようになった途端に売上がぐんと伸びるという驚きのできごとがありました。そのマネジャーは傾聴力が素晴らしく、一緒にいるだけでワクワクさせられるカリスマ性がありました。そんな中、マネジャーが最初に行ったことは、一緒にはたらくスタッフの意識改革だったのです。

印象的だったのはスタッフが楽しみながら売上数字と向き合えるようになったこと。テコ入れしたのはネット予約サービスでした。今でこそネット予約は当たり前の時代ですが、当時は黎明期でさまざまなサイトが乱立していました。そこで競合ホテルの価格帯を徹底的に比較し、一円でも安く提供。宿泊プランも工夫し、攻めの姿勢でピーアールしました。

職場は活気づき、宿泊稼働率もぐんぐん伸びていく。まさに鮮烈な思い出です。マネジャーは、私がバイトを辞めるときに「どうせシゴトをするなら社長を目指せ」と激励してくれて、そういう道もあるのかな……と、起業することに対して自信を深められた瞬間でもありました。

何を商売にするかはノープラン。地元に帰れば縁があるという期待感で動きはじめた

母校である一橋大学の卒業後の進路といえば、企業への就職が王道です。私も例に漏れず大学卒業後は、大手不動産会社に就職し経理を担当しました。そのあとはコンサルタント会社に勤めキャリアを積みました。2社を経て思ったのは、「シゴトができる人はいくらでもいる」ということ。会社の中で昇進を目指して頑張るのも選択肢としてなくはないのだけれど、この会社は自分がいなくてもなんら問題がないと悟ってしまったんです。そこで、大学時代を過ごし、そのころに築いた人脈がある国立市(以下、国立)に戻り起業することにしました。

とはいえ、具体的に何をするかはノープラン。唯一持っていたのは、一橋大学のキャンパスを活かしてマルシェをするというアイデアでした。ヒントは、学生時代にひとり旅で渡米したときに見たマルシェにありました。欧米のマルシェはエンタテインメントであり地域の交流の場でもあるんです。何より雰囲気がとても良くお洒落でワクワクします。このアイデアを学生時代からつき合いがある、まちづくりを推進するNPO法人『地域自給くにたち』の理事に話したところ「ぜひ、うちのシゴトを手伝って欲しい」とオファーをいただきました。

シゴトを通して国立の街を眺めると、ユニークでおいしい地元野菜がたくさんあることに気づかされます。こんなに良い商品を国立の人が知らないのはもったいない。そこで地元野菜を紹介する『くにたちあぐりッポ』というサイトを立ち上げたり、農家と消費者を繋ぎ、子どもと一緒に田んぼで泥んこになって遊ぶイベントを企画したり、次々とプロジェクトを展開しました。

そして2011年に満を持して、東京農業活性化ベンチャー『エマリコくにたち』を設立。入り口はあくまで「まちづくり事業」ですから、街を元気にするために、地元農業をどのようにしてアピールし支えていくのかが発想の原点です。たとえば毎朝野菜の集荷にうかがい、朝採れ野菜を届ける直売所『くにたち野菜 しゅんかしゅんか』を運営するのもその一環です。地元野菜に詳しいスタッフが"語り部"となって、つくり手の想いやベストな調理法などを伝えれば商品に付加価値が生まれます。自社が運営するワインバル『くにたち村酒場』で、それらの新鮮野菜をおいしく召し上がっていただくのもまたひとつ。これらをつくり手の背景が見える「背景流通業」と呼び、農業を元気にする事業を行っています。

今後やりたいことは、東京中の農家のかたがたとネットワークを持ち「東京野菜」という切り口で広げること。現在、契約農家は国立、立川、国分寺、日野、多摩の5市で約100軒あります。これを500軒まで拡大できれば現実味を帯びてくるはず。2020年までになんとか実現させたいですね。