環境教育プロデュース『株式会社 和大地』を設立して活躍されているかたに、起業までの道のりや役立っているバイト経験などをインタビューしました!

土いじりをしながら“緑”と友だちになってほしい

2009年『株式会社 和大地』(わだいち)を設立しました。事業内容は、土や緑などの自然に触れる機会が減ってしまった子どもや大人に、泥んこ遊びのような感覚で楽しみながら命への理解や親近感を高めるワークショップを行うなどの環境教育プロデュースです。

きっかけは、フリーランスとしてはたらいていたときに、コンビニチェーンの『アド箸』※2というプロジェクトに携わったこと。環境に配慮し国産の割り箸にこだわるためには、単価が上がってしまいます。そのぶん広告枠を設けて補填するというプロジェクトで、これが起業するターニングポイントになりました。

間伐問題に触れることで、自然環境への興味や感心が高まりました。そこで年齢にかかわらず楽しくアプローチできる方法がないだろうか。そんなことを思案していたときに、手のひらサイズの土を球体に丸めて苔を貼りつける園芸法「苔玉」の存在を知りました。これなら泥遊び感覚で“緑”と友だちになれる。肩肘張らないゆるさが、僕が求めていた温度感とマッチしました。

それからほどなくして、パートナー3人で立ち上げたプロジェクトが、苔玉をつくる「みどりのともだちを作ろう“The Green Friend Project”」でした。パートナーはすでに別の会社を経営していたので、「僕が責任者になります」と手を上げて起業したのが『和大地』でした。

内気な性格を変えたきっかけはアルバイト

プロデュースのシゴトをするようになったのは、子どものころの原体験によるところが大きいでしょう。小学校まで順風満帆で、この先もこのまま……と思っていました。しかし世の中そう甘くはありません。中学校になると周りは自分より格上のエリートだらけ。すっかり自信喪失したところ追い打ちをかけるように体重が増加してポッチャリ体型に。どうしたら自分のことが好きになれるのだろうかと悩みました。

そこでまず引っ込み思案な性格を改善するために始めたのが、接客のバイトでした。コンビニスタッフとアイスクリーム販売を経験したところ思った以上に効果絶大で、どんどん社交的になる自分に驚きました。

自分改革がさらに飛躍したのは、テスト勉強をしようと夜更かししたある晩のこと。たまたまテレビ放送されていた演劇を見て心が踊ったんです。僕も人を元気にするようなものづくりがしたい。そう強く思ったのを覚えています。今思うと、それがプロデューサーのようなものですね。

そんな気持ちが形になったのは高校の学園祭でクラスを仕切ったことです。みんなに楽しんでもらうために、何を企画すればいいのか必死になって考え具現化しました。これらの経験は、「人は変われるんだ」と確信させてくれました。

さらに僕を変えてくれたのは、大学時代に取り組んだダンス経験です。きっかけは大学の先輩に「大学は実験する場」と助言されたこと。確かに良い機会だと思い、ダンスサークルを立ち上げました。ここからセルフ・プロデュースの一歩が始まります。

当時は男性のジャズダンサーはめずらしく、ドレッドヘアでスーツを着てダンスをするという、個性的なルックスにもこだわり、NEXT『電撃チョモランマ隊』※3といわれたこともあります。ダンススキルを高めるべく練習に明け暮れ実績を積むうちに、ダンスを披露してお金をいただけるように。ちょっとしたバイトですね。好きなダンスでバイト代をもらえるなんて最高!と思えたのと同時に、観てくださるお客さまにどうアプローチすれば喜んでいただけるのかを考えステージをつくり込んでいくことに、生きがいを感じた瞬間でした。

躓いたり悶々としながらも自分と向き合う時間がやりたいことを照らしてくれる

地域活性や町づくり事業に興味があったため、大手音楽会社を退職後は建設コンサルタントのシゴト就きましたがどこか物足りない。前職の音楽業界は流行り廃りが早く、そのスピード感がおもしろさのひとつでもあったからです。本当にやりたいことを求めて再び転職に踏み切りました。

そのあとは、ベンチャー企業にジョインし、メイドインジャパンの商品を集めたショップのプロデュースをしたり、前述したコンビニチェーンの『アド箸』というプロジェクトに携わり天職と出会うことができました。長い葛藤の末、ようやく自分の道を見つけることができたのです。

転職を繰り返せば、年収が下がることもあり、正直苦しんだ時期がありました。けれど、本当にやりたいことに取り組めているうちは大丈夫。高いモチベーションを維持できますから結果良いシゴトができます。良いシゴトをすれば新たな縁がやってきます。脇道に逸れたり、悶々としたっていい。自分と向き合いその気持から逃げなければ、やりたいことにたどり着けるはずです。

人生で大切なのは、自分と向き合うことです。開発した「こけ庭キット(枡)」はまさにそんな思いを込めました。枡の小さな四方の中に、苔・石・砂のパーツを何に見立ててどのようなプロセスでつくるか。黙々と作業しながら自分と向き合う良い機会にもなります。

縁があって首相官邸で「こけ庭キット(枡)」のワークショップを開いたときは、テーマを設けました。海外のお客さまへ「あなたが育った環境を庭にしてください」とアプローチしてみました。興味深いのは国によって表情のニュアンスが異なること。たとえばアフリカ出身のかたに、土の上に砂を敷くという発想はないようで、土の上にそのまま苔を乗せた作品が完成しました。つまりこれは、多様性なんですよね。僕は広島出身なのでどこかで「平和」というキーワードを意識します。「こけ庭」というツールを通じて浮かび上がるさまざまなアイデンティティを認め合い、これが平和への小さな一歩になるのかもしれない。「こけ庭キット(枡)」のさらなる可能性を見出すことができました。

なんでもひとりでやっちゃう「一人広告代理店」

僕が一貫してやってきたことをひとことで表すと、企画、プレゼン、営業、制作ができる「一人広告代理店」です。「一人広告代理店」に育て上げてくれたのは、これまで経験してきたバイト、サークル、サラリーマン経験などすべてです。

大学時代はダンスの合間を縫って接客のバイトも続けました。時間を使うなら時給云々ではなく手に職をつけたいと思い、4年間花屋でバイト。仕入れから接客、会計報告まで任せてもらい経営の勉強もさせてもらえました。音楽会社に勤務していたころは無名だった新人アーティストと一緒にあちこちを営業して回ったり、そのかたわら事業計画書を練り、予算組み、営業、制作、宣伝のすべてを経験しました。

「一人広告代理店」といっても、プロデュース業はひとりじゃできない。人と人を繋いで巻き込む力が必要です。そして、集まってくれたみんなが迷わないように、ひとつの明確な指針を示し取りまとめるシゴトなのです。

それらを経て今後やりたいことは、自然教育に携わる人材をプロデュースすること。彼らの活動を応援し、世の中に普及•啓発をしたいです。もうひとつ欲をいうなら、「苔玉」のキャクターを自分でデザインし直して、短編アニメをつくりたい!それをカンヌ国際映画祭に応募するんです。発案者は誰でも構わない。魅力的な事業をプロデュースするのが僕のシゴトです。

※1『メイド・イン・ジャパンプロジェクト』
http://www.mijp.co.jp/

※2『アド箸』
http://heart-tree.com/information/081125.pdf

※3『電撃チョモランマ隊』
http://oyj.co.jp/talent/04.html