起業して エステティシャン・メヘンディアーティストとして活躍されているかたに、起業までの道のりや、今後の目標などをインタビューしました。

夢見た世界は針の穴ほど小さかった

子供のころから絵を描いたり、手づくりすることが大好きで、私の描いた絵を見た人が笑顔になるのを見ることが最大級の幸せ!そんな子供時代を過ごしました。自然にモノづくりのスペシャリストになりたいと思うようになり、知識を深めるために大学はデザイン学科に進学。19歳のときに、プロ・アマチュア問わずオリジナルのデザイン、アート作品を出展できるイベント「アートイベント デザインフェスタ」に参加したことが今の道へ進む最初の転機となりました。デザインしたTシャツや雑貨をたくさんつくって「雑貨屋・なつ」という店を出店すると、なんと持参した作品はすべて完売。さらに購入者した2~3人のかたから追加注文までいただきました。そのときはもうホクホクの気分!帰りの電車の中で「今後は100人200人と注文が増えるに違いない!」と、自分の作品が世界にまで広がって、海外の百貨店に並ぶ様子を妄想しながら帰宅。しかし家に着き、たまたまつけたテレビ番組によって、さっきまでの妄想が打ち砕かることに。その番組は世界の過酷な状況で生きる子どもにフォーカスしたドキュメンタリーでした。「世界にはいろんな人がいるけれど、普通に水が飲めて、どこか痛かったら病院に行き、学校に行くことも当たり前という人たちは、世界中のたった2割だけ」というコメンテーターの言葉に衝撃を受けたのです。私の目指していた世界は、針の穴のように小さなところだったと気づいたのと同時に、ほかの8割の人が欲しいと言ってくれるモノとはなんだろうと考えるようになりました。

かけもちバイトでインド渡航の資金づくり

世界の人に必要とされるモノづくりをするためには、日本を出て自分の概念を壊す必要があると考えました。チャンスは夏休みの1ヶ月半。現地の人の生活に密着するためにホームステイとボランティアができて、なおかつ航空券代を含む生活費を自分のお金で出せること。この条件を満たした国がインドでした。しかしそのときの貯金残高は40円!計算してみると、夏休み開始までの1ヶ月半で34万円を稼がなければインドには行けない……。それからバイトの日々が始まりました。しかし授業をさぼって単位を落としては本末転倒。きっちり学校に通いながら、焼鳥屋、ファミレス、チラシ配り、引越しの梱包、百貨店の在庫管理など、ベッドで寝た記憶もないほどバイトしました。
たくさんのバイトをしているうちに、目の前のお客さまがどうしたら笑顔になってくれるか、理不尽なことを言われてもなんでそれを求められたのかを考えるようになったり、直接お客さまと接しない場合でも、誰のためにはたらいているのかを意識し始めました。そのうち、自分がしているシゴトが誰の笑顔につながっているかどうかを考えられる人とそうでない人は、はたらきかたが違うということに気がついた。たかだかバイトという姿勢で受け身ではたらいている人よりも、たとえば誰も見ていないところでお皿をキュッキュと磨く人は輝いている!シゴトに対する意識の持ちかたを学んだ貴重な期間だったと今でも感じています。

インドで出合った「メヘンディ」が生涯のシゴトに

バイトでお世話になったかたからの温かいサポートもあり、無事にインドへ行くことができました。インドで生活する中で出合いほれ込んだのが「メヘンディ」というアート。メヘンディは「ヘナ」という植物を使って皮膚を染めてデザインを残す身体装飾のことです。デザイン一つひとつに意味があり、想いが込められていて、アートが消えたときに願いが叶うと伝えられています。
「デザイン」はコミュニケーションツールのひとつと私は考えています。そのデザインを人の体に直接触れて描くことができるし、そのデザインによって笑顔になる人を見ることができることに、とても魅力を感じました。その後、大学在学中はインドと日本を行き来して時間をつぎ込み、メヘンディの技術と知識の習得。メヘンディを施す時間は、手の平サイズで30分、乾かすのに2時間ぐらいかかるため、長時間体を動かさずにいてくれたお客さまの体を癒すための技術を得たいと考え、卒業後はメヘンディを施すためにエステサロンへの就職を決めました。

お客さまからの信頼が起業のきっかけ

エステサロンに就職してから6年後に妊娠。産休を取るために、いつもお世話になっているお客さまに挨拶をしていたところ、ある常連のお客さまから「あなたと出会えて、初めてエステってスゴイ!と思えた」という嬉しい言葉をいただきました。産後、そのお客さまを訪ねると「エステサロンをつくったから一緒にはたらいて欲しい」と言われ、本当にビックリ!今まで築いてきた信頼関係がこんな形で返ってくる驚きや嬉しさの反面、子育てもあるし、何かあったときに頼れる家族は遠くに住んでいる。どうやって両立させるんだという不安にも襲われました。でもありがたいことに「子どもはスタッフ全員で育てよう」とみんなが協力してくれることになり、エスティシャンとして復帰することを決めました。それと同時に、メヘンディを多くの人に伝えていくための転機かもしれないと考え『株式会社Ankur』を設立。業務委託という形でエステサロンのマネージャー兼エステティシャンとしてはたらきながら、メヘンディを施したり、インド製品の輸入販売、インドで研究したエステについてのコラム執筆などを同時に行っています。
将来の夢は、これからのインド人女性たちにエステティシャンとして学んだ技術を伝える環境をつくることです。インドは日本とは文化が異なるため、女性のはたらく環境や置かれている立場も全然違います。彼女たちが技術を身につけることで、社会とつながる「すべ」を自分で得られるきっかけをつくりたい。そのために自分のスキルも常に磨きながら、日々、奮闘中です。