天職、見つけた!
映像を通してサーフィンの楽しさを伝える
新潮流の旗手は“とにかく好き”が原動力
#16 [前編]プロサーファー
真木勇人さん

プロフィール

真木勇人

プロサーファー。1979年、東京生まれ。中学2年生の夏に家族とハワイへ移り住む。ハワイで始めたサーフィンは97 年HASAランキング5位に。98 年帰国し、99~01年プロサーファーを目指して日々海に通い、合間にモデルその他、芸能関係の仕事も。02年にプロのライセンス取得。兄の蔵人さん、弟の泰人さんもプロサーファーで、「真木三兄弟」と名を鳴らす。大きなラインとチューブ・ライディングが持ち味。雑誌・DVD・ビデオを通してサーフィンの醍醐味を伝える作品を多数発表。

真木勇人オフィシャルブログ
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略歴

1979年

東京・赤坂で生まれる。 小学校・中学2年1学期まで日本で過ごす。

1993年
転機

家族とハワイへ移住。そこでサーフィンと出会う。

1994年

カラヘオ・ハイスクールに入学。高校在学中にサッカーでハワイ州代表チームに選ばれる。

1998年
転機

ホノルル・カピオラニ・コミュニティ・カレッジに入学するも、数か月で辞し、帰国。都内在住に。サーフショップでバイトなどをしながら、週2回のペースで海へ通う。

2000年

千葉へ移住。毎日海へ通う日々が復活。

2002年

プロサーファーのライセンス取得。コンテストと平行しつつ、映像での表現を模索。

2004年

雑誌やDVD、ビデオなどの映像を通したサーフィン活動がメインに。


最近のニュース

10月10日、DVD『JOURNEYS』リリース。子供の頃のスケーター仲間(真木勇人、泰人)に会うためにNYからブルックリン在住のアーティスト、火シャム・バルーチャが来日。彼らの兄(真木蔵人)と仲間のプロスノーボーダー(西田洋介)が加わり、サーフィンやスノーボード、スケートをしながらキャンピングカーで北日本を旅するロードムービー。

JOURNEYS ~PRAY special edition~
JOURNEYS ~PRAY special edition~
発売日:2008年10月10日
定価:4725円(税込み)

企画・製造元:
FAMILY TREE PROJECTS
発売元:
株式会社サイバード 「なみある?」


影響を受けた言葉


DO WHAT YOU LOVE,
LOVE WHAT YOU DO


これ、そのまんまスよね。好きなことをやって、自分のやっていることに誇りを持て! 楽しめ! 15、16歳のときにこの言葉と出会い、これを信条に生きています。あと、NEVER GIVE UPも影響を受けた一言。


あなたにとって、バイトとは?


「勉強」

自分の場合はペンキの塗り方や壁紙の張り型だったり、バイトは教えてもらいながら、お金をもらえちゃうから、一挙両得。お金のためだけでなく、覚えたいものがあるからという動機で、バイトはやった方がいい。

取材協力
THREE DICE tel/fax0466(50)5702



TEXT:古関千恵子 PHOTO:森浩司

 父にマイク眞木さん、兄に真木蔵人さん、個性派の家族に囲まれて、やんちゃに育ったプロサーファーの真木勇人さん。ハワイ、東京、千葉と移り住み、環境が変わる中でも、サーフィンに対する変わらぬ思いを支えたものはなんだったのだろうか?

真木勇人

スポーツやアウトドア、遊びがいつもそばにあった子供時代

 ときによって、仕事でもあるし、遊びでもあるサーフィンは、俺にとっては自己表現方法。ライフスタイルでもあるし、学校であるかもしれない。自分を成長させる学校というか。そして“道”であると思う。終わりのないだろう道だと思うけど…。 サーフィンを始める前からスポーツは好きでした。モトクロスやスキー、サッカーにラグビー、スケートボード…。いちばん初めはバイク。3、4歳から乗っているかな。ちっちゃい30ccくらいのポケットバイク。いろいろやっていましたよ。スポーツを始めるきっかけはオヤジや兄貴の影響が大きいかな。ラグビーとモトクロはオヤジがやっていたものだし。スキーも、オヤジはうまかったんですよ。フリースタイルで、ストックを立ててクルンとか、一人でクルクル回っちゃったりして。周りはまっすぐに滑っているのに、『なにやってんだろう?』って感じだったけど。スケートボードも兄貴がやっていたし。それからスポーツとは言わないかもしれないけれど、キャンプも家族でよく行きましたね。アウトドアをみんなで楽しむ機会が家庭内にあった。家にごく自然にあったんですよね、遊び道具が。ガレージはおもちゃ箱みたいでしたよ、いろんな変なものが置いてあって。たとえば金属探知器とか(!)。10円玉飲み込んじゃったことがあるんですけど、オヤジは信じなくて、奥から金属探知器をもってきて、寝かせた俺のお腹のところに機械をあてたんです。するとピー、ピーって鳴って、『おまえ、本当に飲んじゃったんだな』って(笑)。そういう愉快なことや遊びに触れる機会が、普通の子供よりも多かった。それは間違いない。ほんと、やんちゃな暴れん坊でしたよ。まむし三兄弟とか、周りから言われたりして(笑)。 オヤジや兄貴は、いわゆる一般人ではないけれど、僕には普通に家族だから。“普通”というか、ま、ユニークだとは思うけど。オヤジは人が思いつかないことを考えてやっちゃうよね、なんでも。兄貴はなんでもトライする人だから。行動力もあるし。それに兄貴からはサーフィンをはじめるきっかけをもらった。オヤジや兄貴を含め、家族からたくさんの影響をもらっているよね。


真木勇人

突然のハワイへの移住
そこでサーフィンとの運命の出会いが

 中学2年生の夏休みに入ったある日、オヤジが「ハワイに移り住むぞ」といきなり言い出して。それで家族全員で引っ越し。兄貴はその頃、カリフォルニアで暮らしていたから父・母・弟と俺の四人で。オヤジは“突然”ということが結構ありますね。数ヵ月前から行くようなことは言っていたんだけど、まさか本当に行くとは思っていなかった。日本の中学校も楽しかったし、最初はイヤでしたよ。言葉もわかんなかったし、不安はあった。しかも、日本人学校ではなくて現地のローカルの公立学校に入れられて。 でも、サッカーといった
チームスポーツやスケートボードをやっていたから、すぐに友達もできた。スケーター同士って、すぐ仲良くなれるんですよね。自然と溶け込んで、言葉もすぐ覚えて。最初は言葉もなんにも通じなかったけれど、1年たったら、だいぶ慣れました。結構しゃべれていたかもしれない。遊びを通して、身体で覚えた感じ。 その頃、スケートボードに夢中になっていたんだけれど、ハワイってめちゃくちゃ暑いんですよ。暑くて、もうやってられないなぁと思っていた時期、兄貴はすでにサーフィンをやっていて。カリフォルニアから兄貴もたまに来たりしていたんですよね。で、兄貴から板(サーフボード)を借りたのが、初めてのサーフィン。 兄貴は、教えてはくれなかったですよ。岩場のすんごいサーフポイントに連れて行かれて、やってみろって感じで。その日、波も結構あったんですよ。俺もなめていたんですよね、サーフィン自体を。見た目、簡単そうじゃないですか。「サーフボードで波の上で一回転して着地してやるよ!」なんて俺も生意気言っちゃって。スケーターとしてある程度自信もあったからね。で、兄貴から板だけ渡されてやってみたんだけど、まったくもう、沖にも行けず…。波にまかれて、岩にあたって血だらけになって。それで1回目は終わっちゃいました。14歳のときでした。


真木勇人

うまくなりたい! ひたすら練習してさらに
サーフィンの魅力にはまるハワイでの高校時代

 はじめてのサーフィンが悲惨だったじゃないですか。それがもう、すごく悔しくて。乗れるようになりたい!と思って、それからは、ひたすら練習の毎日。 そのとき住んでいたのが、オアフ島の東海岸のカイルア。家が海まで歩いて3分くらいで、本当にすぐそばだったんです。だから朝起きて学校へ行く前に海に入って、学校から帰ると日暮れまでサーフィン。波のいい休日には1日6時間以上やったりしましたね。ひたすら練習するようになったら、なおさら
サーフィンの楽しさというか、魅力にはまっていった感じです。練習というより、とにかく楽しいからやっていただけだね。 サーフィンは、動かない地面を滑るスケートボードと違って、波は常に動いていますよね。その状況によって、自分の動きも変えていかなきゃいけない。それに同じ波はないから、テクニックを繰り返し練習しようとするのも難しい。狙った波が毎回来るとは限らないから。それに『これはいい波、これはよくない波』と、見極める瞬時の判断力が大切。そして、スケートボードとのいちばんの違いは自然が相手ということ。
スケートボードなら人工のハーフパイプなどがあるけれど、サーフィンは波がなかったらできない。サーフィンを始めて自然との触れ方も変わりましたね。謙虚になれる。自分のちっぽけさがわかる。自然相手に逆らってもね、どうにもならないから、まかせるしかない。 サーフィンをしているとき、なにを考えているか、ですか? 頭の中は真っ白ですよ。無意識になっているんですけど、まわりから『最高!』ってフィーリングが伝わってくる。それをからだ全体で味わっている感じ。 15歳で車の免許取ってからは、トラックの荷台に板を積んでオアフ島中、いろんなところへ行くようになりました。場所によっていろんな波があるから、また楽しくなって。 16歳ぐらいのときかな、プロサーファーの道を意識しだしたのは。ハワイはプロサーファーが多いんですよ。そのライディングを見ているうちに、自然と考えるようになりました。とにかくサーフィンが好きで、こんな楽しいことが仕事になったら最高だな、これで食べていきたいと、ね。 ハワイでサーフィン三昧に過ごした中学・高校時代。やがて帰国する日が訪れ、サーフィンにまつわる環境が変わることに…。

後編はこちら


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