天職、見つけた!
どんな場所でも努力はできる。
まずは現状で全力を尽くしてみて!
#10 [前編]営業コンサルタント
和田 裕美さん

プロフィール

和田 裕美(わだ・ひろみ)

英語学習プログラムを販売する日本ブリタニカ株式会社において、世界142カ国中で2位の営業成績、年収3800万円を達成。2001年に設立した株式会社ペリエでは営業コンサルタントとして辣腕を振るっている。
『和田裕美の売れる営業に変わる本』(ダイヤモンド社)、『和田裕美の人に好かれる話し方』(大和書房)など著書多数。


略歴

1994年

同社の営業成績で世界142カ国中2位を記録。

1996年
転機

同社、女性初史上最年少の代理店支社長となる。

2001年

同社の日本撤退により退社。
株式会社ペリエを設立。


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あなたにとって、アルバイトとは?


「笑顔こそが商売の基本」
 

アルバイトによって「笑顔こそが仕事の基本」って教えられました。営業として成功する基礎を築いた期間だったといえるかもしれません。もっとも、当時は単純にお金を稼ぎたいと思っていたんです。



TEXT:中島 亮

多くのビジネスマンがバイブルとして愛読するベストセラーの著者は、
営業売り上げ世界第2位の実績を持つ伝説の営業ウーマン。
内気で引っ込み思案だったという和田裕美さんが、
いかに営業の世界でトップに上り詰めたのか、その道のりについてうかがいました。

和田 裕美

人見知りで内気な私だって営業はできる
コンプレックスの強い人ほど営業向き!?

 営業という職業に向いているのは、打たれ強く、自信家で、負けず嫌いの人って思う方が多いようです。確かに断られても、断られても、とにかく新規営業をする場合ならこういう性質も持ち合わせていないと続きません。ただ、私にはそういう売り方は向いていませんでした。私の性格はといえば、ひと言で言うと人見知りで消極的。ものすごい話術があるわけでもなく、ずば抜けた知識があるわけでもない。日本ブリタニカに入社した当時の私はまったく自信のない、どこにでもいる20代の女の子だったんです。
 私には4つ上の姉がいるんですが、彼女はすごい優等生。勉強はできるし、スポーツも万能。さらに容姿端麗で性格も明朗。そのうえ少しも威張ったところがなく、妹の私から見てもほとんど完璧な存在でした。それに引き換え、私ときたら勉強もスポーツも苦手で性格は暗く、愛想もない。つまりコンプレックスの塊みたいな存在だったんです。


和田 裕美

コンプレックスと戦う幼少時代が
今に繋がる営業の基本姿勢を生み出した

 小さい頃から一番身近に完璧な人がそばにいたためか、私は人よりも消極的で人見知りの自信のない子供になってしまいました。ただ、その子供時代の経験に私はとても感謝しています。なぜなら、そのおかげで芽生えた感情が、今でも営業ウーマン和田裕美を支える原点になっているからです。勉強もスポーツもダメで特別に可愛くもない女の子ができることなんて限られています。私が無意識に身に付けたのは、より多くの感情表現をするということでした。「ありがとう」「嬉しい」「美味しい」「きれい」「楽しい」「大好き」と、大袈裟なくらいに思ったことを笑顔と言葉で表現する。すると、両親や祖父母、それに友だちも笑顔になってくれる。その笑顔を見て「ああ、私のしたことでみんなが喜んでくれている」と実感できて、そのころの私は、それがとってもうれしかったんです。
 相手に喜んでもらうのは営業の基本です。営業という仕事に就いたとき、このコンプレックスから生まれた気持ちが後に大いに役立つことになるのですが、それはまだ先の話。学生時代の私は、これといって取り柄のない普通の存在でした。ごくごく普通に何の目標もなく大学時代を過ごしました。


和田 裕美

仕事にはやりがいを見出せず、
プライベートではお金に窮々としていたOL時代

 大学卒業後は、それまで生まれ育った京都を離れて上京しました。アパレル会社に就職できる、ということで意気揚々と東京生活をスタートさせたものの、現実に直面してみじめな気分になることの多い毎日でしたね。アパレル会社で本社ショールームのディスプレイやショップオーナーとの打ち合わせが私の主な仕事、というと華やかに聞こえますが、実際にやっていたのは純粋な雑用。ダンボールを組み立てて商品の発送を手伝ったり、在庫の洋服にかかっているビニールが汚れたら取り替えたり…。責任のある仕事はさせてもらえませんでした。当たり前ですけど、お給料も少なかったんです。
 「このままじゃいけない」っていう気持ちはありました。秘書検定や英検を受けたり、食費を削って英会話教室に通ったり。それなりに焦りはあったんです。小さい頃からずっと何かに一所懸命に取り組んだことがなかったので、気ばかり焦って何も身に付かない。「こんなもんでいいや」って思ってしまう自分がいたのです。
 お仕事にやりがいも見出せず、習い事も身に付かない。お給料は少ないのに習い事にお金を掛けるからいつも余裕がない。狭いワンルームマンションで特売のお惣菜を食べて、ユニットバスで窮屈に入浴する毎日。「あーあ、私って何やってるんだろ」と自問自答する毎日でした。
 そんなときです。「学歴・経験不問。週給8万9000円」と書かれた日本ブリタニカの求人広告を見つけたのは。
(後編に続く)

後編はこちら


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