天職、見つけた!
何に向いてるかなんて自分でわかることじゃない。世の中には経験したことがないことは無数にある。
若いうちは自分が憧れるカッコいい大人を探し、それを目標にすることが一番。
#05 [前編]シェフ
岩井 聖さん

プロフィール

岩井 聖(いわい・ひじり)

1964年東京生まれ。
中高校生時代はヤンチャな気質が開化し、高校時代は2度の退学処分を経験する。高校時代にアルバイトとして料理人の世界に足を踏み入れ、恩人となる師匠との出会いをきっかけにプロを志す。
アメリカ、フランス、ベルギー、イタリア、上海などで単身修業を積み、その経験をもとに2001年6月、岩井食堂をオープン。
料理バラエティ番組「嗚呼!花の料理人」(読売テレビ・日本テレビ系 木曜 夜11時58分~深夜0時29分)などをはじめ、テレビ番組でも活躍。著書に「岩井食堂にようこそ」(ニューハウス出版)。

岩井食堂
【住所】東京都新宿区荒木町8-1
【電話】03-5919-1061


略歴

1964年

東京に生まれる。

1981年
転機

高校2年のとき、バイクのガソリン代のため、六本木のフレンチレストランでアルバイトを始める。そこで生涯の師匠となる人物と出会う。

1982年

高校卒業と共に、本格的に弟子入り。

1985年
転機

店がつぶれ、LAへ料理修業の旅へ。
以下、日本と行ったり来たりしながら、アメリカ、フランス、ベルギー、イタリアなどで修業を積む。

1993年

上海にできた日系ホテルの調理場で働く。

1994年

銀座のフレンチに入り、その後、副料理長に。

1996年

神楽坂のベルギービストロのシェフとして成功を収める。

2001年

新宿区荒木町に岩井食堂をオープン。


最近のニュース

『岩井食堂へようこそ』

『岩井食堂へようこそ』
岩井 聖
(ニューハウス出版)
1,365円(税込)


あの頃は…

「3酒類のソーセージ ベルギーの田舎で教わったソース」

「3種類のソーセージ ベルギーの田舎で教わったソース」1,550円
ベルギーの片田舎で仲良くなったおばぁちゃんから教えてもらった煮込み料理。

師匠からもらった包丁

左がフランスに修業に行く前に師匠からもらった包丁。僕で4代目ぐらいだからずいぶんすりへってるでしょ。これを渡される時に「岩井。もしやめたくなったり、逃げたくなったら、この包丁で手首でも首でも好きなところ切って死んでいいから」と言われてね。逃げるんだったら死ねってことさ(笑)。



TEXT:田中 亜紀子 PHOTO:森 浩司

新宿区荒木町という、昔ながらの趣のある飲食店街で「岩井食堂」を営む、岩井聖さん。
日常的に通える値段でも格別の味わいのある「岩井キュイジーヌ」に魅かれ、
彼の店には全国から人が集まってくる。
フレンチを基礎にベルギー、アメリカ、イタリア、上海など各国を放浪し修業した異色のシェフ、
岩井さんが料理の道に入ったのは、たまたま友人が持っていたアルバイト情報誌を見たことだった。

岩井 聖

ヤンチャしていた高校時代、ガソリン代
が欲しくて始めたバイトが運命に

 今も昔も居場所のない奴は多いけど、僕も不良だったんで、アルバイトで一生のつきあいになる料理の師匠と出会うまでは、どこにも居場所がなかった。初めて無免許で補導されたのが中学2年の夏。ちょうど3年B組金八先生の第1作目が始まったときにリアルタイムで同じ学年で、あれも不良とか中学生の妊娠とかをテーマにしてたけど、まんまだったね。髪の毛はオールバック、短い学ランにぶっといズボンで街を練り歩いて。最初に入った高校の2年のときに、渋谷の路上でケンカの強い高校とにらみあいになり、大乱闘に発展して首謀者扱いされて退学になったの。で次の高校も今でいうキャバクラ嬢との同棲がばれて退学。別にそのままでもよかったんだけど、こっちも意地になって、たとえいくつ高校に行っても絶対卒業しようと思ってたから、何とか3校目で卒業できた(笑)。
 バイトを始めたのは2つめの高校にいた2年生の頃、昼休みに誰かが買ってきた「日刊アルバイトニュース」(anの前身)を友達と「かったり~よな」とか言いながらめくってたら、六本木のフレンチレストラン、食事付きっていうのがあったのね。それまでフランス料理なんて食べたことないから、バイトしてフランス料理食べさせてもらえるなんて、こりゃいいわと(笑)。それに六本木でバイトって、何か女の子にもてそうじゃん。だからすぐに履歴書書いてバイクで店行って「こんちは~!バイトしたいんですけど」と言ったら、料理長にとりついでくれてさ。それが一生の師となる中瀬賢次さんだった。「何だ坊主、バイトして~のか。何でだ?」と聞かれたので、素直に「ガソリン代欲しいっす」といったら「お~そうだよな。とりあえず入れ」と、なぜかすぐに採用してくれたんだよね。
 30歳になった頃、師匠に「どうして、あんな悪ガキ採用してくれたんですか?」と聞いたら「おまえを一目見たとき、こいつを外でふらふらさせてたら悪いことしちゃうから、調理場に入れておいたほうがいい、と思ったんだよ」というからありがたいよね。実は師匠も希代のワルだったから、そういう子を見るとどうしてあげればいいかわかるんですね。今の僕もそう。世の中のルールが守れなくて、はみだしちゃってる若い奴の気持ちは痛いほどわかる。


岩井 聖

過酷な調理場も何のその
バイトが大人の世界への入り口だった

 そんなはみだし者だったけど、キツい調理場でのバイトは不思議に続いた。現場ではしじゅう怒られ、先輩に「テメーこのやろ」と怒鳴られたり、長靴で蹴られたりなんて日常茶飯時よ。でも僕はそれまであまりにひどい生活してたんで、そんなことはどうってことなかった。長靴で蹴られるぐらいまったく大丈夫(笑)。
 それに先輩たちがカッコよく見えたんだよね。調理場は料理長、副料理長から7~8人いて、僕のすぐ上は23歳ぐらいなんだけど、17年しか生きてない男の目から見ると、23歳はやけに大人に見えてね。夜中に仕事が終わると、時々「岩井、ついてこい」と、六本木の路地裏のバーなんかにつれてってくれるわけ。コンクリートの壁で地下に降りていくようなバーで、高校生の僕には刺激が強くて「わ~、すげえっすね、先輩。こういうとこ、松田優作の映画で見たことあるぞ~!」とかテンション高くなっちゃってさ。店にいくとカウンターで先輩の彼女が待っててね。先輩がバーテンダーに「こいつ、うちの店の若いの。あんまりきつくない奴、一杯作ってやって」なんてさりげなく言うのみて、本当にかっちょええなあと(笑)。それに自分だけ大人の世界に入ったみたいな感じがうれしくて。次の日学校いくと、昼休みに同級生が売店でやきそばパンと三角パックのコーヒー牛乳食ってるの見ると「か~。青いな、おまえら」とか思ってたわけよ(笑)。
 そうやって高3のお正月明けになり、僕には学校の先生もさじ投げてたから就職指導も何もなく、卒業後のことはノープラン。そしたら師匠が「おまえ卒業したらどうすんだ」と聞いてくれたの。そのときは「いや、何もわかんないっす」「そうか」とそれだけだったんだけど、それを聞いてた先輩たちから呼ばれて、「師匠がああおっしゃったのは、もしやる気があるなら、ここに来てもいい、ということなんだよ。ここはおまえから『話があります』と言え」と、そうしないと殺す、みたいな勢いで言われてさ(笑)。次の日直立不動で「師匠、お時間よろしゅうございますか」と言ったら飲みにつれってくれて、弟子入りを許されたわけ。卒業式の日に店が終わってから、師匠や先輩たちが全員そろって「今から岩井に盃を下ろす。これからがんばれよ」と、一升瓶で注いでくれたことはいい思い出だね。


岩井 聖

師匠や先輩を間近で見て
料理人への憧れや自覚が芽生えた

 そんな成りゆきで本格的な弟子入りが始まったから、当初は料理人への憧れはまだなかったけど、店に田所さんっていう師匠の兄弟子ですっげぇ腕のいい人がいたのよ。この人が僕をすごくかわいがってくれたんだけど、あるとき彼が作った鯛のポワレがオーダーミスで1つ余ったの。それを「岩井、食っていいぞ」といわれて食べたら、世の中にこんなにうまいものがあったのか、と目からウロコが落ちるぐらいうまかった。その時腕のいい料理人とはすごいものだ、としみじみ思ったのが、料理や料理人の魅力に気がついた瞬間だったのかもしれない。
 師匠や憧れの田所さんとの師弟関係は、彼らがカラスは白いといったらその通り、というぐらい絶対的なものだったから、それはもう一生懸命働いたよ。また後輩が入って、自分がこれまで周囲から教えてもらったように伝える立場になったとき、初めて自分は料理人なんだ、と意識が芽生えたね。だけど約5年後、経営者の事情で閉店が決まった。それまで店で先輩たちが次々とフランスに料理修業にいくのを見て、自分もいつかはと思ってたのと、先輩から「おまえはいずれフランスに行くだろうから、この時間が空くチャンスに、フランス以外のところに行け」といわれたんだよね。じゃあ、どこに行こうかと考えてね。当時、映画「ビッグ・ウェンズデー」が流行ってて、これはアメリカの西海岸が舞台で、サーファーたちに昔から伝わる、伝説の大波が水曜日に来るという話。そこに描かれた西海岸を見て「カッコいい~。これだ!」と(笑)。
 最初はロスに行って、日雇い労働者をして、知り合った人の紹介でカリフォルニアのサンタバーバラの食堂で2年半ぐらい働いたかな。その後日本に戻って、師匠に言われるまま、東京でオープンした先輩の店を手伝ったり、終わるとまた海外に出たり。22歳から32歳までの10年の半分ぐらいは外国を放浪してたね。修業した国はアメリカ、イタリア、フランス、ベルギー、上海。行き先は出会いや縁をきっかけに決め、旅先でもたくさんの出会いがあった。たとえばベルギーの田舎町では、近所に住むおばあちゃんと仲良くなり、家に呼ばれていろんな料理を教えてもらったりね。そんな流浪の日々で、料理に対して決定的な思いを抱く出来事があったのは27歳、フランスですべてのミシュランの星をとったことがある老練のシェフのもとにいたときのことだった。(後編につづく)

後編はこちら


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