サンシャイン池崎のバイトはハイテンションで乗り切れイエェェェェェイ! 撮影/宅間國博

息つく間もない超ハイテンションネタでじわじわと注目を集め、2016年末に放送された『ダウンタウンの大晦日年越しスペシャル! 絶対に笑ってはいけない科学博士24時!』への出演で、一気にそのテンションの高さを全国に知らしめたピン芸人。今ますます波に乗る「笑いを愛し、笑いに愛された男」サンシャイン池崎が『an』に初登場!学生時代のアルバイトの話から、お笑い芸人になった理由、今の芸風が生まれたワケ、実はちょっと暗いプライベート(!?)まで。超絶「旬」の男のシゴト論、一挙公開いたします! →後編はコチラ

子どものころからハイテンション!
「笑いといえば池崎」だった

――ハイテンション芸でブレイクしましたが、昔からテンションは高かったんですか?

子どものころからものすごく明るくてひょうきんモノだったんですよ。幼稚園のころからずっとクラスの人気者的な存在で、「お笑いといえば、池崎だろ」とみんなから認識されていました。

――クラスの人気者から、プロのお笑い芸人を目指すようになったきっかけはなんだったんですか?

小学生のころに、ナインティナインさんとかとんねるずさんのバラエティ番組を観ていて、めちゃくちゃオモシロイな~って思ってたんです。『めちゃ×2イケてるッ!』の企画『岡村オファーがきましたシリーズ』がものすごい大好きで、お笑い芸人ってカッコいいな~と憧れていました。中学生になると、友だちとコンビを組んでコントとかをやるようになりましたね。本当は、高校卒業後にはお笑いの養成所に行きたかったんですけど、高校が進学校で、周囲があまりお笑いっていう空気じゃなかったんですよね。みんなが進学するから僕もなんとな~く大学に行きました。でも大学生になると、再びみんなの前でコントやネタを披露するようになりましたねえ。

――大学生になって、笑いの才能が再び開花されたんですね!

やっぱりひょうきんモノでしたよ!大学の男子寮と女子寮の生徒が集まって、定期的にダンスパーティを開催していて、そこでネタを披露していましたから!

――ダンスパーティ?もしかして、アメリカの大学に行かれていたんですか!?

あ、大分です。「ダンスパーティ」っていっても、きったね~ビニールカップに安~い焼酎を入れて飲んで。ダンスったって、みんな「ツイスト風」みたいなのしか踊れないみたいな。そこでみんなは歌を歌ったり楽器を弾いたりしていたんですけど、僕はコントを披露していました。

――どんなタイミングで、本気で芸人になろうと決意したんですか?

大学4年生のときにつきあっていた彼女が「ワタナベコメディスクール」のチラシを持ってきて「行けば?」って。で、そのまま行っちゃった感じです。

お客さまに超絶愛された!
キャバクラのホールバイト

――芸人になることについて、親御さんからの反対はありませんでしたか?

ぜんぜん。大学2年生くらいで実家からの仕送りが止まったんですよ。その後はバイトばっかり。でも、経済的に自分のことは自分でやっていたから、将来について口出しはされませんでしたね。バイトはいろんなことをしましたよ。カラオケの店員、ポスティング、仕分け、居酒屋の店員、キャバクラの「ボーイ」、いわゆるホールバイトもやりました。キャバクラのバイトは楽しかったですね~。お客さまからもメチャクチャ気に入られていたんですよ。

――お客さまから気に入られるコツがあったら教えてください!

お客さまの気持ちを先読みすることですね。僕、来店されたお客さんの顔とタバコの銘柄を全部覚えていたんです。だから、来店したお客さまのタバコを内ポケットに仕込んでおく。お客さんから「タバコ買ってきて」といわれると、すぐに内ポケットから「はい、どうぞ」って出すんですよ。そうするとお客さんは「え!?やるね~!君っ」と喜んでくれて「まあ1杯飲みなよ。飲めるんでしょ?」となる。だから、ビールとコップもあらかじめ内ポケットに仕込んでおいて「ありがとうございます!」と、サッと取り出す。するとまた「いいね~!!!やるねえ~っ」って喜んでくれるんです。ホントにメチャクチャかわいがられて、そのぶんソート―飲まされて、よくつぶれて帰っていました。

――お酒は弱かったんですか?

最強です!でも飲みすぎちゃうことがよくありましたね。

――自己紹介ネタの中で「サンシャイン池……袋の近くでアルバイトしてます」というセリフがありますが、どんなバイトをされていたんですか?

生命保険のコールセンターのバイトです。まだそのバイト先に籍はおいてあるママなんです。もう7年も続けているので辞めにくくて。長くはたらいただけに、たまに顔を出すととても居心地がいいんです、ホームに帰ったみたいですよ。ちなみに2015年は、社員も含めた300人くらいの中で営業成績2位になり社長賞をいただきました。表彰をされたときにはまさに「イエエェェーイ!!」。ボーナスももらい、生活が潤いましたよ~。

――芸人をしながらバイトすると聞くと、バイトは片手間で、ある程度のお金がもらえればそれでOKのようなイメージがあります。池崎さんはどんな気持ちでバイトをしていたんですか?

養成所「ワタナベコメディスクール」の講師のかたから、笑いも、遊びも、バイトも、すべて全力でやったほうがいい、と教えてもらったことがあるんです。いろんな考えかたがあるけど、僕はそれを今でも守っていて、すべてのことを全力でやるように心がけています。そのコールセンターのバイト先から「正社員にならないか」というオファーもあったのですが、さすがに断りました。

――正社員に声をかけられるなんて、すごいですね。芸人を辞めようかな、と心は揺れませんでしたか?

芸人も10年やっていると、辞めたらもったいないって思っちゃうんです。いったい俺は10年もの間、何をしていたんだろうという気持ちになりそうですし。それに、チャンスさえあれば必ず売れる!という自信があったんです。だから、芸人を辞めようと思ったことは一度もありません。

――芸人を続けていて、ツライなと思うことはありませんでしたか?

好きな女の子がいて「お笑い芸人だから嫌だ」という理由でつきあってもらえなかったときは、マジでツラかったですね。「安定した職業についたらつきあってあげる」といわれたときには、少し心が揺れました。今ならすぐに正社員になれるし、辞めようかなと。

――辞めようと思ったこと、あるじゃないですか!

ですね!でも結局、芸人でいることを選び、今こうして結果を出すことができたのでよかったと思います。彼女とつきあうことはできなかったけど……。

――バイト経験が芸人としての活動に役立っていると感じていることはありますか?

芸人仲間にはバイトをしないで借金までして生活しているって人も少なくないんですよ。でも僕はずっとバイトをしていたことで、金銭感覚を含め「普通の人」の感覚が養われていると思うんですよね。「普通の人」がどんな笑いが好きで、どんなものをおもしろいと感じるのか、「普通の人」の間では今こんなことが流行っている、とか。バイトを通して学んだことはたくさんありますね。

幼いころから明るくて人気者だったというサンシャイン池崎さん。お笑いだけでなく、すべてのことに全力で取り組んできたからこそ、今のブレイクにつながったようです。次回は、いよいよハイテンションネタの誕生秘話や、現在のシゴト観についてお話してもらいます。お楽しみに!イエェェェェェ~イ!

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