壇蜜のいみじうあはれ
第7回

壇蜜のいみじうあはれ壇蜜

どんな人にも進むべき道があります

ごきげんよう。壇蜜です。27歳で葬儀の専門学校に入学すると、周りには、ご遺体に対しても過度に反応するわけでもなく、ただただひたむきに作業をすることができる、そういう志を持った人ばかりが学びに来ていました。私自身、作業をしているときには、すべてのモノに慈しみのような感覚が湧いてきて、このシゴトは続けていくことができると、なんとなく感じるようになりました。シゴトに対して「喜び」や「達成感」というものは、なくてはならないもののように思われがちです。しかし、強い喜びがないことがよかった。対処や処置、オーダー通りに淡々と作業するというシゴトが私には合っていたようです。

しかし、私の卒業時期は、エンバーマー(ご遺体の衛生保全をする専門職)への就職希望者が多く、受け入れてくれる葬儀社が少ない状態でした。ある葬儀社からは、儀式の司会者として就職して、エンバーマーとして活躍する機会を待ってはどうかという対応もいただいたのですが、これはもしかしたら、一生エンバーマーになれない選択になるかもしれないと勘ぐってしまいお断りしました。葬儀社への就職はあきらめ、当時、解剖学などの授業をしてくださった大学教授のツテで、大学の研究所で助手としてはたらくことになりました。ご遺体の行政解剖、司法解剖の補助をするという役割は、死と向き合うには充分な環境で、そこにいられることに意味を感じていました。

就職活動から振り返ってみて「好きをシゴトに」や「シゴトに楽しさ」といった情熱は、持てる人と持てない人がいることに気がつきました。情熱がなくても生きていくことはできます。その場合は、マイナスをゼロにするシゴトに美学を見出すのはいかがでしょう。あとは、こだわりも必要。たったひとつだけでもこだわりがあれば、曲がらず、腐らないで済みます。「好きをシゴト」にできない人、どうぞご参考に。

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