山崎育三郎

Ikusaburo Yamazaki
俳優

ミュージカル、テレビドラマ、バラエティ すべて「表現する場所」 そこに垣根はない、と感じています

『レ・ミゼラブル』『エリザベート』など、数々の大ヒットミュージカルに出演し、日本のミュージカル界をリードする実力派俳優で、ミュージカル界のプリンス・山崎育三郎が『an』に初登場。最近は話題のドラマに続々出演、そのルックスと演技力で注目を集める。山崎育三郎は、観る人を確実に釘づけにする表現者になる。

体が硬くてダンスはフラフラ
相手役が激怒!?

家の中には常に音楽が流れ、休日は家族でミュージカルを観に行くような、音楽がいつも身近にある家庭に育ちました。自然の流れでミュージカルを好きになり、子どものころの趣味は、ディズニーのミュージカルビデオを観ること。少しおとなしい性格だったため、母親が「歌で自信をつけさせたい」と考え、小学3年生から歌のレッスンに通うようになりました。その後、6年生のときに、歌の先生からすすめられたジュニアのミュージカルのオーディションを受け、主役として舞台に立ったことがこの世界に進んだきっかけです。オーディションには2000人近くの子役が集まりました。受かったのは、小さいころから有名劇団で活動していたり、バレエをずっと習っていたり、ミュージカル『アニー』で主役を経験したことがある、という子ばかり!いわば子役界のトップ集団で、主役の僕だけがド素人という状態。身体は硬く、ダンスをしても1人だけフラフラ。稽古中は「お前の代わりなんていくらでもいるんだ!」「帰れ!」と毎日のように怒られ、相手役の女の子にも「ちゃんと目を見て芝居してよね!」と大勢の前で注意される始末でした。何度も「やめたい」と思いましたが、それを踏みとどまる大きな理由になったのが、歌です。歌を歌うときだけ先生から「育三郎はやっぱり歌だね」と褒めてもらえ、自信につながっていきました。半年間の稽古を経た1998年の夏。緊張しながらお客さまの前で演技をし、カーテンコールを迎えたときです。その景色、空間を目の前に、全身に電流が走ったような感動を覚えました。生涯、ミュージカルをシゴトにしていきたいと思った瞬間です。

高音も大人の声も出ない
5年間の充電期間

中学時代は、いくつかのミュージカルの舞台を踏みましたが、声変わりを機に、まったくオーディションに受からなくなってしまいました。高い声も、大人の低い声も出ない……大きな挫折を経験しました。そのとき、声楽の先生から「ミュージカルを続けたいと思うなら、本格的に基礎から勉強してみてはどうだろう」というアドバイスをいただきました。トレーニング期間なのだと考え、音大の付属高校を受験し、その後5年間はミュージカルに関する知識を固めていきました。当時、ずっと思い描いていた目標があります。次にミュージカルの舞台に戻るときには、必ず憧れの帝国劇場で『レ・ミゼラブル』に出演すること。ミュージカルを志す者、みんなが目標にする場所で、自分も戻るならそこしかない。5年間、わき目も振らずにそこに向かっていきました。19歳のとき、全国的に『レ・ミゼラブル』のオーディションが開催されました。僕よりも『レ・ミゼラブル』を好きな人間はいない。小学生のときから毎日のように曲を聴き続け、4時間の芝居を1人で演じることもできる。ギラギラした強い気持ちを持ちながらオーディションに挑みました。5次審査には、ロンドンから演出家・ジョン・ケアード氏がやって来ました。彼は、演劇界の神さまのような存在、世界中の『レ・ミゼラブル』をつくっている人物です。ジョンは、僕に対して課題曲だけでなく「これも、これも」と曲をリクエストしました。僕は歌詞も見ないでジョンの前で5曲を歌い切りました。合格の連絡を受けたときには、喜びと同時に「やっとスタートラインに立った」と身の引き締まる思いを実感しました。

ミュージカルに恩返しを
そんな時期を迎えています

ミュージカルは固定ファンがたくさんいて、満席になるような作品もあります。しかし、世界に比べると日本での広がりはまだまだ小さいと感じています。2012年『レ・ミゼラブル』が映画化されて大ヒットしました。そのすぐ後に僕が出演した『レ・ミゼラブル』の舞台は、ロングランの公演が即完売。今までにそんな経験したことがなく、映画を観た人がミュージカルに殺到したことに驚きました。映像というメディアの力を受けて「これだ」と思いましたね。ミュージカル以外のところに僕が出ていくことで、ミュージカルをもっと盛り上げられるかもしれない。ミュージカルに恩返しをしたい。それがテレビドラマに出演した最初の理由です。ドラマの最初の壁は、知り合いが誰もいないということでした。「お前、誰やねん」という超アウェイなところに慣れるところから始まり、専門用語や、カメラの前での芝居など、たくさんのことをひとつずつクリアしているところです。最近では、ドラマで僕を知ったかたがミュージカルに来てくれたという声も聞きます。最初の目的を達成すると同時に、ミュージカル、ドラマ、バラエティなど、表現の場所に垣根はないということに気づきました。すべての目的は「お客さまに楽しんでもらう」ことです。これまで、ミュージカルでの目標を追いかけながらがむしゃらに進んできました。30歳になった今、これからはジャンルを越えて、自分の表現力を磨いていきたいと思っています。今また、新しいスタートラインに立っている、そんな感じです。

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