経験ゼロから修業を積み、パン屋を開く夢を叶えたかたに、やりがいやこれまでの道のりなどをインタビューしました。

たくさんの人に喜んでもらえる人生を選びたかった

「パン屋をやりたい」そう決断したのは、実は突然でした。パンが大好きで、朝食はいつもパンを食べていたし、いろいろな種類のパンを食べましたが、「職業にしたい」と思ったことはありませんでした。

決断したのは、大学を卒業してから半年後。工房で木工家具の作品づくりに没頭していた最中でした。もともとは家具職人になりたくて、美術大学に進学。「自分がつくった家具を使ってもらって、たくさんの人に喜んでもらいたい」という気持ちでがんばっていましたね。でも、パン屋になりたいと思ったきっかけが、その大学生時代にあったんです。

大学では作品を発表し、教授に採点してもらう授業が多くありました。「こんな使い方をしてもらいたい」とアピールしたほうが家具の設計のねらいが伝わりやすいと思い、お皿の上にチーズケーキを乗せて発表しました。しかもそのチーズケーキは、自分で焼いて……今思うと我ながらすごいですよね。でもチーズケーキの評判がとてもよくて。家具より褒められました(苦笑)そのとき「自分がつくったもので人が笑顔になるっていいな」と実感しました。

大学を卒業して家具をつくっているときにそのことを思い出し、「家具は単価が高い。でもパンなら100円や200円で人を笑顔にできる。たくさんの人に喜んでもらえる」と考えたんです。それでパン職人になろう、多くの人に喜んでもらえるようなお店をつくろうと、心が決まりました。

考えてもわからないなら、飛び込んだほうが早い

パン職人になることを決断したのはいいけれど、パン屋ではたらいた経験もなければ、調理が得意なわけでもありません。バイトといえば、美術学校の講師の補佐やイタリアンレストランくらい。そこで悩んだのが「専門学校へ行くべきか。お店に飛び込み、修業させてもらうべきか」でした。

考えていても、初めてのことだからわからない。だったらプロに話を聞こうと思い、有名店のパンのレシピを紹介する本を買い、載っていたお店を訪れて話を聞くことにしたのです。納得できるまで、日本中どこへでも行こうと思いました。右も左もわからない素人の勝手なお願いにも関わらず、多くのお店、それもトップのかたが親身になって話をしてくれました。

「お店に飛び込んだほうがいいよ」とアドバイスをしてくれたかたが多かったですね。今の自分も同じ質問をされたらそう答えると思います。学校で習うことと、お店で学び、身につけることは違いますから。実践的な技術や知識を身につけるほうがいいと思います。その中のひとりが「うちではたらいてみるか?」と誘ってくれて、そこからパン職人としての道がスタートしました。

ツラい日々に、成長を感じる瞬間が力をくれた

2002年から、1年半・1年・1年・8年と約13年間4つのパン屋で修業を積みました。話題の人気店、アパレル店に併設のカフェ、ロードサイドに構える大きなお店、地域に根づき、子どもからお年寄りまでみんなに愛されるような自分の理想に近いお店、といろいろなタイプを経験しました。

未経験ということもあり、最初にはたらいたお店は本当に大変でした。ゼロから専門用語や知識を身につけながら、商品として恥ずかしくないパンをつくれるよう、勉強しながらなんとか食いついていく、長くて過酷な毎日でした。パン屋を志すなら、相当な覚悟が必要ですよ。朝早くから夜遅くまで、ずっとパン一色の生活になりますから。

パン屋ではたらいてわかったことは、「自分がパン職人に向いている性格ではない」でも「パンづくりはすごくおもしろい」ということです。向いていない理由は、雑だから(笑)。パンは材料や時間の配分を少しでも間違えると失敗します。ただ、ていねいに、繊細にシゴトをすれば、ちゃんとパンが焼き上がる。そこがおもしろさでもあります。正しくしっかりとシゴトをするうちに、自分の手で少しずつそのお店の味、看板となるパンが焼けるようになっていく。するとお客さまに褒められ、また買ってもらえる。それがうれしく、またがんばろうと思えるんです。

2つ目と3つ目にはたらいたお店では、経営や材料の選定、売れる商品の考え方など、さまざまな刺激を受けました。その中で「家族に安心して食べてもらえるパンがつくりたい」と強く思うように。そこで、よりその理想に近いお店で学ぶことにしたのです。それが4つ目のお店でした。そしてそこを最後に独立しようと決めていました。

きっとこの先も、満足する日はやってこない

結婚するときに「将来は独立する」と、パン職人を志したころからの夢を、妻には話していました。「家族だけで経営するようなお店にするつもり」とも話していました。妻は接客業の経験はありませんでしたが、オープン以来、販売を担当してくれています。

最初にパンを食べるのは妻です。納得いかなければ「これはダメだよ」とストレートに言ってくれる。だから、妻が納得しないと売れません。妻も納得しているからこそ、お客さまに詳しく、ていねいに、気持ちを込めて接客できているのだと思います。

2015年4月に『サンサンベーカリー』を開業。オープン当初は大変でした。場所も駅前ではなく、住宅街の真ん中。小さなお店です。初見ではなかなか入りにくいため、ビラを配ったり、ポスティングをしたり、いろいろな工夫をしました。

私にとっても経営自体が初めてで、不透明なことばかり。1年以上経って、やっと経営サイクルがつかめた気がします。たとえば、冬は売れるけれど、夏は売れ行きが悪い。そこでいかに冬にしっかりと売上を確保し、夏を乗り切るかが大切になる。運用資金の適正な配分が重要なのです。運用資金がショートして仕入れができなければ、パンがつくれないですからね。

今はまだ、軌道に乗ったという感覚もなければ、現状にも納得はしていません。今日のお客さまがまた来てくださるとはかぎりません。だから「これが『サンサンベーカリー』のパンです」と自分たちが胸を張れる味を守り、さらに良くしていかないとだめ。安心も満足もできませんね。最初に目指した「子どもからお年寄りまで、誰もがおいしいと言ってくれるパン屋さん」にしたい。それを追い求めて、がんばるしかないと思っています。でも、それが本当におもしろいんですよ。