大倉士門

SHIMON OKURA
モデル・俳優

人前に出たり、話をしたりすることが
大好きな僕にとって、
このシゴトは「天職」だと思えてしかたないんです

中高生から絶大な支持を集めるイケメンモデルで俳優の大倉士門が『an』に登場。子犬のように甘い笑顔はまさに理想の王子さま。
このルックスで、はんなりとした京都弁をあやつり、バラエティでのトークは完璧という、若きエンターテイナーだ。異なるジャンルにも果敢に挑戦し、そのたびに新たな魅力を見せつける、大倉士門の素顔に迫る。

天真爛漫、明朗快活
僕にピッタリの役や!

映画「イタキス」では、主人公・琴子に思いを寄せる同級生役の金之助を演じました。キャストのオーディション前に、原作の漫画を読み直してみると、金之助は関西出身、性格は四字熟語で言ったら「天真爛漫」「明朗快活」みたいな言葉がぴったりのお調子者。これはまさに僕や!と思い(笑)、絶対にこの役を勝ち取りたいという気持ちでした。加えて、僕は昔から少女漫画が超大好き!「少女漫画原作の実写化作品に出る!」を俳優業の目標の1つとして掲げていたので、出演が決まったときには、本当にうれしく、プレッシャーよりも楽しみな気持ちが上回っていたことを覚えています。実際にクランクインしてからは、すべてが「学び」でした。撮影では、段取りがあってテストがあって、本番があるということや、たとえば、スタッフさんの数の多さに驚いたり、映画のイロハを教えてもらいました。演技については、セリフが関西弁だったので、感情を入れやすいという部分で助かりました。細かい話ですけど、金之助はバリバリの大阪弁。僕は京都出身のため、ちょっとはんなりしたイントネーションなんです、わからはります?(笑)この微妙~な違いを大阪出身の友だちから習ったりしながら、足りない部分を埋めていきました。演技を始めてまだ2年ほどです。自分に自信をつけるため、確実に自分が何かをしているという「物理的な目に見える結果」が欲しくて、2016年の夏は1ヶ月で映画を100本観ました。こんな風に、数字があることでホッとしたりしています。少しの時間もムダにしたくないと思いながら過ごしてきたので、今回「イタキス」に出演できたことは確かなステップアップの形となり、もっと演技をしてみたいという新たな目標の第一歩となりました。

就職?芸能界?
20歳の分岐点

東京に出てきたばかりのときには、大学に通いながら読者モデルをしていました。「なんでアンタがそこまで人気なのかわからへん。おかしなことが起こってるのやから、謙虚な気持ちだけは、絶対に忘れてはあかんで!」というのが、母の当時の口癖でした。その言葉のインパクトは強く、僕もいまだに芸能界のシゴトがいつまで続くのか……という恐怖心を忘れないようにしています。同級生からは、就職した、結婚した、車を買った、家を買った……などの話を聞くことが多くなってきました。そういう話を聞くとさらに、自分は来年、何をしてるんだろう、芸能界をあきらめて京都に帰っているのかもしれない、もしかしたら「大倉士門」のことを覚えている人なんて誰もいないかもしれない……などの、ネガティブな思考になることがあります。でも、どんな恐怖にさいなまれたとしても、就職をしたほうがいいのか?と考えてみると、いやこのシゴトで一生突っ走っていきたいんだ、という気持ちに自然に戻っていくんです。今のシゴトを続けていきたい決意を最初に胸にしたのは、大学3年生の20歳のとき。僕にとっての間違いなくターニングポイントと言えるタイミングです。当時、周りは黒髪でリクルートスーツを着て、就活に励んでいる真っ最中。僕もみんなと同じように、就活して会社員になると思っていましたが、読者モデルのシゴトを通していろいろな媒体で活動させてもらううちに「芸能界で挑戦したい」という気持ちが生まれてきました。母にその気持ちを伝えると「アホなことを言いなさんな。安定は就職やで。おかんを安心させてくれ」という言葉。それでもやっぱり芸能界のシゴトをあきらめることができませんでした。就活はいつでもできる。大学は休学したらいい。今ここでやりたいことをやらないでいたら、絶対に後悔する。この結果がどうなったとしても、自分の責任だ――。そう母に頼みこみ、芸能界へ残ることを決意しました。

シゴトをしていると
天職だなと感じます

なぜ母の反対を押し切ってまで芸能界に挑戦したかったか――。それは、応援してくれるファンのかたの存在が大きいです。それに、なんだかんだ言っても、母は僕が掲載されている雑誌をいつも3冊は買って喜んでいたし、おばあちゃんでさえも書店に行って「『ポップティーン』という雑誌はありますか?」と買ってくれるほど、当時から僕の活躍を楽しみにしてくれていたんですよ。ほかにも、友だち、親戚、シゴトの仲間たちなど、すべての応援してくれる人たちの気持ちを裏切りたくなかったというのが1番の理由です。もうひとつ、人前に出て目立ったり、話をしたりすることが大好きな僕にとって、このシゴトは天職だと思えてしかたないんです。僕が心の底から楽しんでいるシゴトに対して、ほかの誰かが喜んでくれている顔を見られたとき、僕の知らないところで、「大倉士門」の話題が出ていることを想像したとき、シゴトが前に進んでいると感じたとき……、これが最高の瞬間です。そのとき僕は、20歳のターニングポイントで、この道を選んだことが間違いじゃなかったと確信できる瞬間なんです。

シゴトノキメゴト

1年に1度の石垣島旅行!
子どものころから年に1度、石垣島に行くのが家族のイベントです。ものすごく忙しくなって、だるいな~と思うこともあったりするけど「今年も石垣島に行くぞ!」と考えると、どんどんテンションが上がって、シゴトにも前向きになれます。