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「an」×「~天龍源一郎 引退~Revolution FINAL」天龍×長州!日本一滑舌が悪い対談記事完全版掲載!! 「an」×「~天龍源一郎 引退~Revolution FINAL」天龍×長州!日本一滑舌が悪い対談記事完全版掲載!!

――本日インタビューを担当します、佐久間です。宜しくお願いいたします。

――こうして対談をするということは今までにありましたか?

長州 過去にはあったよね。

天龍 過去にはあったでしょうけど、いつかは覚えてないですね。

――普段はお互いのことをどういうふうに呼んでいるんですか?

天龍 僕は「長州選手」です。

長州 僕は「源ちゃん」。なんで「選手」って言うの?

天龍 いやいや、選手だからですよ。なんかね、アマレスからずっと来たっていうのもありますし、新日本でずっと一歩先のスター街道を歩んでいたっていうイメージも僕の中であるんですよ。

長州 そんなことはないですよ。

天龍 振り返ってみれば、写真記者クラブ(のパーティー)かなんかでお会いして。

長州 ああ、それがいちばん最初だ。

天龍 その時も「長州選手」って言ったのを覚えています。


――長州さんも最初は「源ちゃん」と呼んでいたわけではないですよね。

長州 うん。でもすぐ「源ちゃん」ってね。

天龍 でも僕が新日本に出ていた時は「天龍」って言ってましたよ。現場監督でしたから。

――最初にお会いしたのは全日本で対戦する前だったんですね。

天龍 ずっと前ですよ。1980年か81年。

長州 でも日本だよね。

天龍 僕ね、いちばん印象にあるのがね、写真記者クラブで初めて長州選手が来るっていう時。想像でしか、試合でしか見たことがなかったから、パッと入ってきた時に、これが長州力かって思って。

長州 小さいなって思ったでしょ。

天龍 そうじゃなくて、その時に女子プロの選手がいたんです。それで甲高い声で「○○ちゃん、元気!」って言って、全然イメージと違うなって思ったのが第一印象なんですよ。そこから俺が長州選手にどうだこうだ話しかけるようになったんです。

――覚えてらっしゃいますか?

長州 そこまでは覚えてないけど、記者クラブで会ったっていうのは覚えていますよ。ああそうだって思った。

――団体は違いましたけど、お互い相撲出身、レスリング出身で、鳴り物入りで入団して、意識するところはあったんですか?

天龍 いちばん最初に長州選手っていう名前を意識したのは、1979年にフロリダに行った時。いま料理人をやってる長州選手の友達から、長州選手もフロリダに来ていろんなことがあってという話を聞いて、勝手に親近感を持ったんですよね。あのアマレスをやっていた彼でも悩んでたんだなっていうので、すごくグッと身近に感じて、それが長州力っていう人の名前が僕の中でインプットされた第一印象ですよ。

――海外遠征時代に?

天龍 そう、フロリダで。

長州 でも会ってないんだよね。

――長州さんもアメリカ、メキシコなど海外修行に行かれていましたけど、どんな大変さがありましたか?

長州 毎回ゼロからスタートするのが辛いですよね。

――プロモーターの信頼を得ていくという?

長州 うん。テリトリー、テリトリーを回って。そして、そのギャランティから生活していくっていうのが。まあでも、若いから楽しかったですよ。

革命的対談が実現!

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